「学生とは違って、社会人の頭は下げるためにある。」
こういう言葉をよく聞く。実際はどうなのか。
おいらのこれまでの経験に基づく見解を述べてみる。
結論から言うと、これはその通りで、一人前の社会人ならば、頭を下げるべき時には下げるのは常識だ。
ただし、一つだけ注意点を言うと、社会人も頭は使わなければならない。ただ下げるだけではない。頭を使うことと下げることの併用だ。頭は使わなくてもいいというわけではない。そこは勘違いしてはいけない。
しかし、おいらもこれまで50年近い人生を経験して、色々な人々にも出会ってきたが、これまで出会ってきた中で、頭を下げられない人というのも何人も見てきた。そして、そういった人々には、決まってある特徴があった。
だいたい貧乏なのだ。生活苦にあえいでいる人ほど、頭を下げることができない。
なぜかはわからないが、変なプライドでもあるのだろうか?どう見てもその人が悪いような状況でも、頭を下げることをかたくなに拒否する。何なのだろうか?よくわからない他人への見下しでもあるのだろうか。
逆に立派な人や裕福な人は、頭を下げることを何とも思っていない。自分よりも優れた人を見かけたら、それがたとえ若い人や自分よりも立場が低い人にも平気で頭を下げる。そして教えを乞う。
自分の姉が一人暮らししてて家賃を滞納していた時も、自分は同居していなかったが、一緒に大家さんのところに支払いに行ったのだが、姉は全く頭を下げなかったな。自分は平身低頭という表現がぴったりなぐらい謝り倒したが。
案の定大家さんはカンカンに怒っておられたが、その時に大家さんに言われたのが
「一番肝心な人が謝ってないではないか!」
そりゃそうだ。俺には何の落ち度もないし、悪いのは姉だ。だが驚くことに、姉は最後まで頭を下げることがなかった。俺は心底呆れたが、あれから20年以上、やはり姉は貧困にあえいでいる。もっとも、生活保護でパチンコやるようなクズだから自業自得ではあるが。俺はもう助ける気はない。
逆においらは、今はFIREを目指して邁進中の身。まだまだ途上ではあるが。
やはり頭を下げれるというのは人生を左右するのだなと思う。そして貧乏な人ほど、頭を下げられない傾向がある。
自分は年をとっても、頭を下げられる人でありたいし、頭を下げることの重要性を説き続けていきたい。ただ、何でもかんでも謝ればいいというわけでもないし、謝るべきではない相手というのもいる。その辺の見極めはきっちりと。
特に政治や外交面では、謝るべきではない相手に謝ってる事例が多々見られるな。やれやれ。